東京藝大、なんてステキな響きだろう。
ぼくは、若い頃、この学校に行きたくてしょうがなかった。
5回も受験した。
おかげで、若いあの青春な時間をなくした。
現役で門を、くぐった友人が、たくさんいた。
毎年、友人たちが門をくぐるたびに、ただ悲しかった。
毎年、江ノ島の稚児の縁で一人、クゥークゥー泣いた。
両親に多大な迷惑かけて、申し訳なく、何より大切な自分の戻せないキラキラできたはずの若い時間
この悲しさ、悔しさは、還暦に近づいてきた今も忘れさることはできず、
いまだにボクは大の東京藝大コンプレックスなのだ。
申し訳ないが東京藝大出身の人間が近くにいるとわかると、いまだに自分が悲しくなり、あとずさりしてしまう感覚だ
勤めているデザイン会社に入社したいと訪ねてきたた東京藝大の若者がいた、デザイン科ならまだしも、ファインアート系でなぜ就職などするのだ?ボクは若い頃、その狭き門をくぐって作家になりたかったんだよ。
就職なんかしないでちゃんと作家になれっていってしまった。
就職氷河期の頃だったから、申し訳ないアドバイスだったかもしれない。
ボクの個人的な、人生のくやみを強要したかもしれなかったから、
ぼくは、作家じゃない、アートが趣味の会社員だ。
あと2年半で退職する。
胸をはって、作家だっていおうと思う。
他人に媚び売らず、デザインではなく、ファインなアートだけで、メシをくえる人間になるのが夢だ。
ちゃんと生きてる人からしたら、くだらない… けれど、
東京藝大のせいで一生消えない傷をおってるよ、いまも、
あんなにパワーのあった若いころ、
さっさと海外にでもいっていればよかった。
戻らない時間、戻せない時間
きっと、ボク一人ではないはずだね
そこに入れなかった人間の方が多いのだから、
ボクは何歳になっても、何があっても、死ぬまで、作品をつくり続けるよ、かっこ悪いけど、負けたくないんだ。こんなくだらない40年ごしのコンプレックス、恥ずかしいからふきとばさなきゃ